フランチャイズ本部構築のポイント①:真似されないビジネスモデル
フランチャイズ本部を構築するには,競合他社に真似されないような模倣困難性と,チェーン展開をやりやすくする転写容易性の両方を具備しなければならないという,いわば二律背反な命題をクリアする必要があります。このようなパラドキシカルな課題をどのように取り扱えばいいのかについて,実際のフランチャイズ本部の事例と,最新の経営学の理論を交えて解説します。
知的財産権による模倣困難性の確保
フランチャイズを始めるにあたって,簡単に真似されないビジネスモデルの特徴や差別化ポイントとしての「模倣困難性」を確保することは最も重要な要件のひとつと言えます。模倣困難性は競合他社からは見えにくいと言うことで「ブラックボックス」と表現されることもあります。模倣困難性は知的財産として法的に保護されれば確実であり,その最たるものは「商標権」となります。特許庁がPRのために作成した動画がYouTubeで公開されていますので,興味のある方はご覧なることをお薦めします(パロディ風のショートムービーで,特許庁よくやった!と拍手したくなる出来栄えです)。
また最近ではコメダ珈琲が,外観や店舗環境が酷似している喫茶店に対して差し止め請求をして勝訴した件も印象深いところです。外食産業は,大手居酒屋チェーンが他チェーンの人気業態を模倣して店を展開することがまかり通る業界という印象がある中で,不正競争防止法に照らして,いわゆる「フリーライド=ただ乗り」がNGとされた画期的な判決であったと評価できます。ただし,この事件では被告と原告の間で,事前に様々なビジネス上のやり取りがあったことを踏まえておかなければなりません。どのような経緯があったのかというと,被告は原告(コメダ)側のチェーンに加盟したかったのだけれど,原告は他の加盟店舗が近隣にあるため(テリトリー権を守るために)加盟を認めなかったので,被告側が強硬手段に出た,というのが事件のあらましです。
ビジネスモデルに模倣困難性を組み込む
知的財産権で保護されないにしても,ビジネスモデル自体に模倣困難性を持たせることは可能です。ビジネスモデル特許という考え方もありますが,これはあまり現実的ではないのでここでは取り上げません(いきなりステーキはその提供方法でビジネスモデル特許を取得し,一定期間競合の参入を防ぎましたが,やはり巷には多くの類似業態が出現しました)。
典型的な模倣困難性=ブラックボックスは,飲食業であれば秘伝のスープやタレなど,味見しただけでは詳細な製法が分からないような原材料であり,場合によっては接客スタイル(研修内容に独自性があり真似できない)といったものが該当することもあります。小売業であれば,受発注システムから配送体制などのロジスティックス全般のSCM(Supply Chain Management)を模倣困難性の主体とすることもできます。典型的な例はコンビニエンスストアであり,ブランド価値だけでなくSCM自体も模倣困難性の源泉となっていると言えるでしょう。
サプライチェーン(バリューチェーン)の全体像
ところで,模倣困難性が低いために競争優位性を失った事例として思い浮かぶのは,一時期一世を風靡した「ステーキ・ハンバーグのけん」です。リーマンショックで外食不況が進む中,ロードサイドのファミレス撤退物件を利用して,居ぬきで「サラダバーとカレーの食べ放題」スタイルでどんどん店舗を増やしていきました。フランチャイズ方式を取ったことも相まって,チェーン規模は200店を超えるほどとなり「ロードサイドのハイエナ」と言われるほどの隆盛を誇りました。しかしながら,同じようにサラダバーとカレーのバイキング方式を採用すれば集客できることに気が付いた大手ファミレスチェーンは,類似業態を次々と出店し始めたのです。そうすると「けん」の業態の希少性が薄れ,また企業としての経営基盤の差もあって,じわじわと店舗数を減らしていき,ついに運営会社は経営破綻するにいたりました。
チェーンビジネスには欠かせない転写容易性
ところで,フランチャイズに限らず,チェーン展開に際して考えなければならないのが転写容易性で,読んで字のごとく,「転写」コピーがしやすい「容易」であるかどうか,ということがポイントとなります。チェーンビジネスでは,どの店舗やどのスタッフでも標準化された均一の商品やサービスが受けられることが価値であり,その仕組みを構築できなければ転写容易性にはつながりません。
転写容易性を向上させるには,オペレーションを標準化→システム化→マニュアル化するフローが大切になります。標準化の具体的な手法は基本的には観察とインタビューにより,業務開始時からの作業や動作を観察記録して,インタビューによりその状況や意図を確認します。システム化とは,その標準化された単体業務を複数並行的に進める工程を平準化することで,マニュアル化はそれを見える化することです。マニュアルは,最近では紙ではなく,マルチデバイスで見られるようにNotionのようなAPPを活用し,動画を使って詳細に解説する方法も取られます。
このようにしてマニュアル化された作業は,教育カリキュラムに組み入れられてスタッフを戦力化していく方向性と,マニュアルの中でITやロボットに代替できる作業を特定して省人化を進める方向性に分岐します。
転写容易性を向上させるフロー
両立思考= Both/And Thinking を取り入れる
ところで,これまで述べた「真似されにくさ」としての「模倣困難性」と,「コピーしやすさ」としての「転写容易性」は相反する要素です。それでは実際にフランチャイズ本部は,この問題をどのように解決しているのでしょうか。ひとつの事例として,株式会社ギフトが展開する横浜家系ラーメンの「町田商店」を挙げたいと思います。同社は,加盟店に対してラーメン店経営のノウハウを伝えるだけでなくスープや麺を卸販売しており,フランチャイズ本部というよりは食材業者のような立ち位置にあります。加盟店に対しては,外観やPOPなどの店舗環境に統一性を持たせてチェーンとしての同一性を維持していますが,店名は「○○商店」(○○には地域名がはいる)として地域性を活かしています。店舗では,スタッフの接客はマニュアルで決められた範囲はあるのでしょうが,個人にある程度の裁量権があるように感じます。いわゆる「気が利く,気働きができる」接客であり,米国の社会学者であるA. R. ホックシールドが提唱した「感情労働」が職場で息づいています。つまり同チェーンでは,均質な商品とサービスを提供するチェーン店の良さとしての「転写容易性」と,個々のスタッフが感情労働によりサービスレベルを上げる個人店の良さとしての「模倣困難性」を兼ね備えた運営が成立していると言えます。
ウェンディ・スミスとマリアンヌ・ルイスの共著による「両立思考」(英語名:Both/and Thinking,日本能率協会マネジメントセンター刊,2023)は,トレードオフの関係にある事柄に直面した場合,択一思考に陥るのではなく,両立する方法を考えるという思考法と行動様式を説明しています。これをパラドキシカル・シンキングと呼び,このような局面を乗り越えるには,二つを統合するクリエイティブな方法を見つけるか,綱渡りのように一貫して非一貫的な態度を取るか,という方法が示されています。複雑性が増し「統合」の方向性が見えない現代では,「えいや」で選択肢を限定する「択一型」の誘惑を排除して,あえてどちらにも偏らない「綱渡り型」で行動することが重要になってきています。VUCAの時代のビジネスモデルには,革新と安定,寛容さと厳粛さ,理想論と現実論,といったパラドックスを抱えて設計せざるを得ないところがあります。フランチャイズ・ビジネスを設計するに際しては,このような緊張関係を受け入れ,ビジネスモデルの革新性,創造性,成長を促進するためにこれらを活用します。そしてパラドックスを管理するための新しい創造的な方法を見つけ,それを取り入れることでより柔軟で適応力のあるシステムを構築することを模索します。これからの時代のフランチャイズ本部構築には,矛盾するものそれぞれの強みを活かし,バランスのとれた効果的なプロトタイプモデルとチェーンシステムを確立して,激しい環境変化を乗り切ることが期待されているのです。
両立思考のステップ
出所:ウェンディ・スミス,マリアンヌ・ルイス,「両立思考 Both/And Thinking」,p298 (表8-6) を加工