フランチャイズ本部が作る収支モデルの価値
「直営店は成功しているのに、フランチャイズ展開はなぜかうまくいかない…」
このような悩みを抱える経営者の方は少なくありません。その原因の一つに、適切な収支モデルの欠如が挙げられます。収支モデルは単なる数字の羅列ではありません。本部の成長と加盟店の成功を結びつけるための重要なツールと言えるでしょう。
本記事では、フランチャイズ展開を成功に導くための収支モデルの作り方、そして活用方法について解説していきます。加盟店募集から育成、さらには事業を持続的に成長させていくまで、収支モデルを中心としたフランチャイズビジネスの展開方法が分かります。
フランチャイズビジネスの収支モデルとは
収支モデルの定義
フランチャイズビジネスを始めようとするとき、準備しておかなければならないものの一つが「収支モデル」です。収支モデルとは、加盟店の事業における収入と支出を体系的に整理し、将来の経営状況を予測するためのツールです。言い換えれば、加盟店がどれくらいの投資をして、どれくらいの売上や利益を得られるのかを示す設計図のようなものです。
収支モデルの2つの種類
収支モデルには、大きく分けて2種類があります。
1つ目は「初期投資モデル」です。
これは、加盟店が開業時に必要となる資金をまとめたものです。加盟金や保証金などのフランチャイズ特有の費用、店舗の内装工事費、必要な設備・機器の購入費用、さらには開業前の人材採用や教育にかかる費用なども含まれます。加盟希望者は、このモデルを見ることで、どれくらいの資金を準備すれば開業できるのかを具体的に理解することができます。
初期投資モデル例
項目 | 金額(千円) |
加盟金 | 3,000 |
保証金 | 2,000 |
内装・設備一式 | 10,000 |
研修費・販促他経費 | 3,000 |
初期投資合計 | 18,000 |
2つ目は「月間損益モデル」です。
これは、店舗を運営した際の毎月の収支を予測したものです。売上高、原価、人件費、家賃、水道光熱費など、店舗運営にかかるすべての収入と支出を項目ごとに整理します。このモデルにより、加盟希望者は毎月どれくらいの利益を期待できるのか、また、どのような費用がかかるのかを具体的にイメージすることができます。
月間損益モデル例
項目 | 金額(千円) | 構成比 |
売上高 | 4,000 | 100.0% |
売上原価 | 1,600 | 40.0% |
売上総利益 | 2,400 | 60.0% |
ロイヤリティ(売上高×5%) | 200 | 5.0% |
人件費(パート・アルバイト) | 600 | 15.0% |
地代家賃 | 300 | 7.5% |
水道光熱費 | 260 | 6.5% |
その他経費 | 250 | 6.3% |
減価償却費 | 220 | 5.5% |
利益(オーナー利益) | 570 | 14.2% |
フランチャイズビジネスにおける収支モデルの役割
収支モデルは単なる数字の羅列ではありません。本部と加盟店をつなぐ重要なコミュニケーションツールとしての役割も果たします。なぜなら、収支モデルを通じて、本部は加盟店に対して事業の将来性や収益性を明確に示すことができ、加盟店は自身の経営目標や課題を具体的に把握することができるからです。
収支モデルに求められる要件
収支モデルは本部が提供する事業の価値を定量的に示すものでもあります。そのため、モデルの作成にあたっては、現実的で達成可能な数字を設定することが極めて重要です。楽観的すぎる数字は加盟店の期待を裏切ることになりかねませんし、逆に保守的すぎる数字では事業の魅力を十分に伝えることができません。
また、近年、経済環境が大きく変化する中で、精度の高い収支モデルの重要性はますます高まっています。人件費の上昇、エネルギーコストの変動、消費者ニーズの多様化など、様々な要因が事業収支に影響を与える可能性があります。そのため、収支モデルは定期的に見直し、必要に応じて修正を加えていく必要があります。
法令に基づく収支情報開示
加盟希望者保護の観点
フランチャイズビジネスでは、収支に関する情報は加盟希望者にとって非常に重要であり、事業参入を判断するうえで欠かせない要素となります。
しかし、これらの情報が曖昧であったり、根拠が不明確であったりすると、加盟希望者は適切な判断を下すことができず、後々トラブルに発展する可能性もあります。
このような問題を防ぐため、日本では「中小小売商業振興法」および「フランチャイズガイドライン」において、フランチャイズ本部が加盟希望者に対して、収支に関する情報を適切に開示することが義務付けられています。
中小小売商業振興法:小売・飲食フランチャイズにおける情報開示
中小小売商業振興法は、特定連鎖化事業(いわゆる小売・飲食のフランチャイズ・チェーン)を展開する本部事業者に対して、加盟希望者への情報開示を義務づけています。
特に収支に関する情報としては、「加盟者の店舗のうち、周辺の地域の人口、交通量その他の立地条件が類似するものの直近の三事業年度の収支に関する事項」が開示項目として規定されています。
これは、モデル収益と類似する概念であり、加盟希望者はこの情報を通じて、類似する立地条件の店舗における過去の収支状況を把握することができます。
フランチャイズガイドライン:独占禁止法の観点からの情報開示
公正取引委員会が策定したフランチャイズガイドラインでは、独占禁止法の観点から、フランチャイズ本部が加盟希望者に対して開示することが望ましい事項を具体的に示しています。
収支情報に関しては、「予想売上げ又は予想収益を提示する場合には、根拠ある事実、合理的な算出方法に基づくことが必要」とされています。
これは、本部事業者が予想売上や予想収益を提示する際に、単なる期待値ではなく、既存店舗の実績や市場調査などの客観的なデータに基づいた根拠を示す必要があることを意味します。
また、モデル収益を提示する場合には、それが予想売上や予想収益とは異なるものであることを加盟希望者に明確に伝える必要性も強調されています。
情報格差の解消と公正な取引
これらの法令やガイドラインが定められている背景には、フランチャイズビジネスにおける情報の非対称性という問題があります。
フランチャイズ本部は、事業に関する豊富な知識や経験を有している一方、加盟希望者は、事業の収益性やリスクについて十分な情報を持っているとは限りません。
そのため、収支情報に関する適切な開示は、加盟希望者が事業参入を判断する上で極めて重要であり、公正な取引環境を整備するうえでも欠かせない要素と言えるでしょう。
本部事業者の責務
フランチャイズ本部は、これらの法令やガイドラインを遵守し、収支に関する情報を適切に開示することで、加盟希望者との信頼関係を構築し、健全なフランチャイズビジネスの展開に貢献していくことが求められます。
具体的には、収支モデル作成の根拠となるデータや算出方法を明確化し、モデル収益と予想収益の違いを分かりやすく説明するなど、加盟希望者が理解しやすい情報提供を心がける必要があります。
また、中小小売商業振興法に基づく情報開示書類やフランチャイズガイドラインの内容を十分に理解し、適切な対応を行うことが重要です。
収支モデルがもたらす価値と実務的メリット
ビジネスモデルの設計
収支モデルの存在は、新規加盟店の開発において大きな価値を持ちます。なぜなら、実績に基づいた具体的な数字を示すことで、フランチャイズビジネスの説得力と信頼性が高まるからです。加盟店候補者は、提示された収支モデルを確認することで、必要となる初期投資額、事業開始後における損益の推移、投資回収までの期間を見積もることができます。もし収支モデルが準備されていない場合、意思決定をすることは難しいでしょう。
加盟希望者への事業価値の提示
フランチャイズビジネスにおいて、加盟希望者が最も知りたいのは「このビジネスで本当に利益を出せるのか」という点です。収支モデルは、この重要な問いに対して具体的な数字で答えを示すことができます。
初期投資モデルでは、開業までに必要な資金を項目ごとに明確に示すことで、加盟希望者は必要な資金調達の計画を立てやすくなります。また、月間損益モデルでは、売上や費用の内訳を具体的に示すことで、どのような経営努力が必要かを理解することができます。これにより、加盟希望者は自身の経営者としての適性や、事業に対する覚悟を判断することができます。
本部と加盟店のコミュニケーション
収支モデルは、本部と加盟店が同じ目標に向かって進むための共通言語となります。月次のミーティングなどで、モデルと実績を比較しながら課題を話し合うことで、より建設的な対話が可能となります。
例えば、実際の売上が計画を下回っている場合、その原因が客数なのか客単価なのかを分析し、「なぜその状況になっているのか」「どうすれば改善できるのか」という具体的な議論ができます。また、好調な加盟店の成功要因を分析し、そのノウハウを他の加盟店と共有する際にも、収支モデルは重要な示唆を提供してくれます。
特に開業後の初期段階において、収支モデルは経営の羅針盤としての役割を果たします。新人オーナーは日々の数字の変動に一喜一憂しがちですが、収支モデルがあることで、その数字が許容範囲内なのか、それとも早急な対策が必要なのかを判断することができます。
PDCAサイクルの実践
収支モデルは、事業改善のためのPDCAサイクルを回す上で重要な役割を果たします。Plan(計画)の段階では目標設定の基準として、Do(実行)の段階では日々の業務指針として、Check(評価)の段階では成果測定の物差しとして、そしてAction(改善)の段階では新たな施策の判断材料として活用できます。
例えば、以下のような場面で収支モデルは効果を発揮します。
-
- 売上向上施策の効果測定
- コスト削減活動の成果確認
- 新メニューや新サービスの収益性評価
- 人員配置の最適化検討
改善アラート機能
収支モデルは、事業の問題点を早期に発見するための改善アラートとしても機能します。売上高や利益率、客数などの重要指標について、収支モデルとの乖離が一定以上になった場合は、早急な対応が必要なシグナルとして捉えることができます。
このような改善アラートを知らせる機能により、小さな問題が大きな危機に発展する前に、適切な対策を講じることが可能となります。これは、加盟店の経営安定性を高め、フランチャイズチェーン全体の健全な成長につながります。
収支モデルの効果的な活用方法と実践ステップ
実績データの活用と分析
収支モデルを作成する際の最も重要な基礎となるのが、実績データです。特に直営店を持つ企業の場合、そのデータは非常に価値のある資産となります。ただし、生のデータをそのまま使うのではなく、適切な分析と解釈が必要です。
売上データについては、客数と客単価に分解して傾向を把握することから始めます。さらに、時間帯別、曜日別、季節別などの様々な切り口で分析することで、より精度の高い予測が可能になります。同様に、費用面でも、固定費と変動費を明確に区分し、売上との相関関係を分析することで、より現実的な収支モデルを作成することができます。
継続的なモニタリング
収支モデルは作成して終わりではありません。実際の運用では、継続的なモニタリングの仕組みを構築することが極めて重要です。このモニタリングでは、売上高や客数、客単価といった基本的な営業指標に加え、原価率や人件費比率などのコスト関連指標も含めた総合的な管理が必要となります。
効果的なモニタリングを実現するためには、継続的な確認体制を整えることが重要です。モニタリング体制を構築することで、問題の早期発見と迅速な対応が可能となります。
成長のための実践ステップ
収支モデルを活用した改善活動は、体系的なアプローチで進めていく必要があります。まず、日々の営業データを丁寧に収集・記録することから始まります。ここでは単に数字を記録するだけでなく、その背景にある要因(天候、イベント、競合の動きなど)も併せて記録することが重要です。
次に、収集したデータを基に、モデルと実績の差異分析を行います。例えば、売上が計画を下回っている場合、それが客数の減少によるものなのか、それとも客単価の低下によるものなのかを分析します。また、費用面でも、どの項目でどの程度の乖離が生じているのかを確認します。
このような分析に基づいて、具体的な改善策を立案していきます。改善策は、短期的に実行可能なものから中長期的な取り組みが必要なものまで、優先順位をつけて整理します。例えば、オペレーションの効率化による人件費の適正化や、メニュー構成の見直しによる原価率の改善など、具体的な行動計画に落とし込んでいくことが重要です。
収支モデルの定期的な見直しと更新
事業環境は常に変化しているため、収支モデル自体も定期的に見直し、必要に応じて更新することが重要です。特に、原材料価格の変動や人件費水準の変化、新商品・新サービスの導入、競合環境の変化、社会経済環境の変化といった要因が生じた場合には、収支モデルの見直しを検討する必要があります。
見直しの際は、本部と加盟店が協力して現状分析を行うことが重要です。
本部は全店舗の状況を横断的に分析し、共通する課題や成功要因を特定します。一方、加盟店は現場での具体的な経験や気づきを提供します。このような双方向のコミュニケーションを通じて、より実態に即したモデルへと進化させていくことができます。
また、収支モデルの更新は、単なる数値の修正ではなく、ビジネスモデル全体の見直しにつながる可能性もあります。例えば、新たな収益源の開発や、コスト構造の改革といった戦略的な議論のきっかけとなることもあります。このように、収支モデルを定期的に見直していくことは、フランチャイズチェーン全体の持続的な成長を支える重要な機会となります。
まとめ
収支モデルの重要性の再確認
ここまで見てきたように、収支モデルはフランチャイズビジネスの成功を左右する重要なツールです。適切に設計された収支モデルは、加盟店の募集から育成、さらには事業の持続的な成長まで、フランチャイズビジネスの全段階において重要な役割を果たします。
特に、フランチャイズ本部にとって収支モデルは、単なる数字の羅列ではなく、加盟店との信頼関係を構築し、相互利益を実現するための基盤となります。そのためには、中小小売商業振興法やフランチャイズ・ガイドラインで求められる情報開示を踏まえ、現実的で達成可能な数字に基づいたモデル作りと、それを効果的に活用するための体制づくりが不可欠です。
実務における課題と解決策
一方で、初めてフランチャイズ本部を構築する企業にとって、精度の高い収支モデルを作成することは決して容易ではありません。
例えば、以下のような課題に直面することが多いのではないでしょうか。
-
-
- 直営店のデータをどのように分析し、活用すればよいか
- 地域特性をどのように考慮に入れるべきか
- 変動費と固定費の適切な配分をどう設定するか
- 投資回収期間をどのように設定すべきか
-
このような悩みは、フランチャイズ展開を目指す多くの経営者に共通するものです。特に、優れた商品やサービスをお持ちの企業であっても、それをフランチャイズとして展開する際には、まったく異なるノウハウや視点が必要となります。
私たち日本フランチャイズ研究機構は、これまで多くの企業の本部構築を支援してきた経験から、これらの課題に対する具体的な解決策を提供することができます。
例えば、直営店の運営ノウハウをフランチャイズパッケージとして体系化する方法、地域特性を考慮した収支モデルの設計方法、加盟店の採算性を確保するための具体的な施策など、実践的なアドバイスを提供いたします。